大白法984号 平成30年7月1日より転載

御書解説220 背景と大意

曽谷入道殿御書

御書747頁 別名自界叛逆御書

一、御述作の由来

 本抄は、身延入山から半年後の文永十一(一二七四)年十一月二十日、日蓮大聖人様が五十三歳の御時、身延山において認められ、下総国(千葉県)在住の檀越である曽谷入道と富木入道を中心とした人々に与えられた御消息です。
 御真蹟は、一部が京都・本国寺(日蓮宗)に現存し、近年、個人所蔵の末尾一紙が発見されています。
 本抄には、冒頭の語を取り『自界叛逆御書』との異称があります。
 本抄は、『立正安国論』(文応元年七月十六日)に説示された予言の的中により御認めになったものと拝されます。
 大聖人様は『立正安国論』において、打ち続く諸災害の原因を、国主万民が正法に背いて謗法の邪宗に帰依しているため、諸天善神が国を捨て去り、そこに悪鬼が来入して起こしたためであると説明されます。そして、早く謗法を対治しなければ七難のうち、未だ起きていない自界叛逆難と他国侵逼難の二難が国土を襲うであろうと警告されました。
 その後、この二難のうちの自界叛逆難は文永九年二月に二月騒動(北条氏一門の同士討ち)として現われ、また他国侵逼難は同十一年十月の蒙古襲来(文永の役)によって現実のものとなりました。
 本抄の「我が弟子は用ふべきや如何。最後なれば申すなり。恨み給ふべからず」との末文からは、当時の非常に緊迫した様子がうかがえます。本抄は約一カ月前に現実となった蒙古襲来により、日本中が恐怖と不安とで騒然となった世相を背景として著されました。
 特に、本抄に教示される、日本真言宗の開祖・弘法空海の東寺の真言密教(東密)よりも慈覚円仁の天台宗の真言密教(台密)が悪義であるとの破折は、本抄以降に見られる御教示です。

二、本抄の大意

 本抄は、まず大聖人様が『立正安国論』に予言された通り、自界叛逆難と他国侵逼難の二難が文永九年と同十一年に的中し、既に現実のものになったと指摘されます。そしてこの的中から思えば、金光明最勝王経に説かれる「多く他方の怨賊により国内は侵略され、国民は様々な苦悩を受けて、国土には安楽な場所がない」との経文に符合したのであるから、やがて日本国の人々は、文永の役における壱岐・対馬の住民のようになるであろうと述べられます。
 次に、この原因について、ひとえに仏法の邪見によって起こったと仰せられ、具体的には真言宗と法華宗の勝劣を誤って解釈したことによると教示されます。また、建長五(一二五二)年の宗旨建立以降、初めに禅宗と念仏宗を破折してきたのは、この真言の誤りを指摘し、真言宗が日本亡国の元凶であることを明示するための前段階であったと、その御本意を述べられます。
 次いで、真言宗の邪義を用いたことで国が滅びた中国と日本国の先例を挙げられます。
 中国では、真言宗の祖師である善無畏・金剛智・不空か、証惑の心をもって大日経(真言宗所依の経典)に天台法華宗の一念三千の教理を盗み入れたため、法華経肝心の一念三千の義と天台大師の徳が隠れてしまい、天台宗は衰退し国が滅亡しました。
 日本国では、比叡山延暦寺の第三代座座主・慈覚円仁が、開祖の伝教大師が定めた鎮護国家の三部経(法華経・金光明経・仁王経)を否定し、大日経・金剛頂経・蘇悉地経の真言三部経を鎮護国家の三部経としたため、それ以降、比叡山に真言の悪義(台密)が起こり、王法が尽きてしまいました。
 そして現在、この比叡山の悪義が鎌倉に弘まっているので、先例のように、また日本国を滅亡させるであろうと述べられます。
 続いて、円仁と空海の主張を比較されて、空海の主張は明らかに謗法であると判るため、惑わされない者もいるが、円仁の法華経と大日経を理同事勝と判じる解釈は、智者であっても惑わされる謗法義であるため、愚者は信じてしまっていると批判されます。
 また、円仁が法華経と大日経の勝劣を判断するために祈請をした際、弓箭〈ゆみや〉をもって太陽を射た夢を見たことについて、これは円仁の心中に阿修羅王が入って、法華経の大日輪を射たものであると断じられます。
 そして、これらの円仁の邪義を指摘した上で、当世の比叡山や日本国の人々は、円仁の法門を用いるだろうか、もし大日経が法華経に勝れるとの円仁の結論が本当であれば、日蓮は須弥山を投げるほどの愚かなことをしている者になるではないかと述べられ、最後に弟子に対して、他国侵逼難が現実のものとなったこの時に、日蓮の教示を信じないで後に恨んではならないと訓戒されて、本抄を結ばれています。

三、拝読のポイント

 亡国の根源は仏法の邪見による

 本抄では、自界叛逆難と他国侵逼難の二難と、亡国の原因を仏法の邪見、つまり大日経は勝れ法華経は劣るという誤った解釈によると仰せです。
 その一つに、空海が『十住心論』等において顕密諸教の勝劣を、第八・天台宗の教え(法華経)、第九・華厳宗の教え、第十・真言宗の教え(密教)と判じ、一切経の中で法華経は、最上の大日経から見れば三重に低い戯論〈けろん〉(幼稚で無益な論)であると下した解釈があります。
 大聖人様は『撰時抄』に、この空海等の誤釈を信奉する真言宗の悪僧を用いて国土の安穏を祈るならば、
 「法華経を失ふ大禍の僧どもを用ひらるれば、国定めてほろびなん」(御書 八六二)
と、「法華最第一(法師品第十)」と説かれた法華経を誹謗する失により、国は滅亡すると説示されています。
 私たちは真言宗(台・東両密)はもとより、仏法の勝劣を弁えない日蓮正宗以外のすべての邪宗邪義が、亡国の根源であると見定めて、折伏行に邁進することが大切です。

 理同事勝の釈

 理同事勝とは天台密教で説く教説です。大日経に天台の一念三千義を取り入れた善無畏の『大日経義釈』にその原意が見え、その後、円仁が『金剛頂経疏』『蘇悉地経疏』において顕密二教判を立てて主張し、円珍・安然が継承して大成した教義です。
 まず、善無畏が大日経に一念三千の法門を取り入れたとは、善無畏が大日経を中国に弘めようとしたとき、中国では天台大師の勝れた教え(一念三千)が流布していたため、天台学を修学し、また善無畏から密教を学んでいた僧・一行を味方に付け、天台の法門を盗み入れて大日経を解釈させたことを言います。
 この善無畏に関わる大日経の解釈書には、『大日経疏』と『大日経義釈』があり、前者は善無畏の大日経の講説を一行が筆録して完成したもので、後者は『大日経疏』に一行と同門の者が修正を加えて成立したものとされています。
 円仁は、このうちの『大日経義釈』に基づき、顕密二教判をもって理同事勝を主張します。すなわち、法華経と大日経を比較すると、両経は一念三千等の理を説く点は同等であるが、印・真言の事相を説く点では大日経が勝れると判ずる教説です。
 先に示したように、もともと大日経には一念三千の法門は説かれていません。また、法華経は印・真言も及ばない、勝れた二乗作仏と久遠実成等の事法を説き明かしています。
 故に大聖人様は『聖密房御書』に、
 「理によれば盗人なり、事によれば劣謂勝見〈れついしょうけん〉の外道なり」(同 七二六)
と、破折されています。
 本抄では、弘法空海(東密)よりも慈覚円仁(台密)のほうが悪義であると断じられていますが、このことを『報恩抄』には、空海の法華経を下す邪義は明らかな僻事なため、弟子であっても用いる者はいないが、円仁の理同事勝の判釈は、ひとまず法華経と大日経を同等と判じつつ、最終的には印・真言を説く真言密教が勝れるという、惑わされやすい義であり、しかも天台宗の座主が主張したため、日本一同、真言宗に帰依してしまったのである、と具体的に説明され、空海の主張よりも円仁の理同事勝義が悪義であると指摘されています。
 こうした理由から、本抄では亡国の根源は円仁の悪義・台密にあると批判されているのです。

四、結び

大聖人様は『富木入道殿御返事』に、
 「命限り有り、惜しむべからず。遂に願ふべきは仏国なり」(同 四八八)
と、常に安穏な国土を願い、不自惜身命の精神で信心修行すべきと激励されています。
 私たちは仏国土実現のために、大聖人様が本抄に円仁の天台密教を亡国の根源と破折されたように、創価学会等の異流義をはじめ世間に蔓延る邪義邪宗を、徹底して破折して、正義を顕彰していくことが大切です。


  次回は『上野殿尼御前御返事』(平成新編御書 七五一)の予定です

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