大白法1034号 令和2年8月1日より転載

御書解説239 背景と大意

強仁状御返事

御書916頁

一、御述作の由来

 本抄は、建治元(一二七五)年十二月二十六日、日蓮大聖人様が御年五十四歳の時、身延において認められ、僧・強仁(生没年未詳)に与えられた返書です。強仁は、駿河国富士(静岡県)(注1)に住する真言宗の僧であったと推されます。
 大聖人様は、強仁から届いた法論対決を要求する勘状に対し、邪正の決定は公場において行うべきことを強く述べられて、即日返信されています。
 御真蹟は京都の妙顕寺(日蓮宗)に現存しています。

二、本抄の大意

 初めに、強仁から法論対決を望む書状が届いたが、法論については、日蓮も長年にわたって訴えてきたことなので、早速、返事を書いて貴殿や世の中の人々の疑問を氷解したいと述べられます。
 ただし、田舎で仏法の邪正を決しても、周囲に広く知られず、また、個人の法論は後に喧嘩の起因となると懸念された上で、強仁が法論の本意を遂げたいと思うならば、朝廷と幕府とに訴え出て、公〈おおやけ〉の命を申し受けて仏法の是非を糾明することが、上一人にも喜ばれ、下万民の疑いも晴らすことになること。加えて教主釈尊が仏法の弘通を王臣に付嘱されたことを挙げて、世間の善悪や仏法の邪正を決断するには、必ず公場でなければならないことを示されます。
 次いで、当時日本国で盛んに起こっていた自界叛逆難と他国侵逼難の二難の原因を大蔵経をもって考察すれば、必ず国家と仏法の中に大禍があることが判るが、以前、日蓮が正嘉と文永の両年に起こった大地震と大彗星を目の当たりにして一切経を調べたとき、三災七難のうち、この国に未だ起こっていなかった二難、すなわち自界叛逆難と他国侵逼難が、真言・禅門・念仏・持斎等の権大乗経や小乗経の邪法により、法華真実の正法が滅ぼされることで招き出される大災難であるとの教証を得たことを述べられます。
 続いて、現在のように他国から攻められることを予知していたので、日蓮は災難を防ぐために身命を賭して国主諌暁・門下育成に努めてきたことを明かされます。そして、真言・禅門・念仏者・律僧等は、種々の虚言を構え、繰り返し讒訴を企てたため、日蓮の諌言が用いられないばかりか、至る所で刀杖の難に遭い、二度までも流罪に処せられ、さらに頸を刎ねられようとしたと仰せられます。
 次いで、インドや中国の仏法の邪正はしばらく置いて、日本国が亡国となる根源を考えると、それは真言宗の元祖である東寺の弘法と日本天台三代座主の慈覚が、法華経と大日経との勝劣に迷い、伝教大師の正義を隠没したことによるのであり、以来、比叡山の諸寺は慈覚の邪義に付き、神護寺や七大寺は弘法の僻見に従うようになった。それ以後、王臣は邪師を仰ぎ、万民は邪法に帰依するようになり四百余年が経過して、国は次第に衰え王法もまた滅びようとしている、と亡国の元凶が真言等の邪法邪師の邪義にあることを示されます。
 そして、これらの邪義は、インドの弗舎弥多羅王〈ほっしゃみったらおう〉が寺塔を焼き払い無量の仏子の頸を刎ねたことや、中国の武宗が寺院四千六百余所を破壊したり中国全土の僧尼を還俗させたことよりも罪深い大謗法であり、故に天変地夭が起こるが、世法による禍いではないため国主はその原因を知らず、諸臣も儒教には説かれていないため判らないこと。さらにこの災難を消滅させようと真言師や持斎等を供養するので悪法はより一層貴まれ、大難がますます起こって今にもこの国は滅亡しようとしていると仰せられます。
 次いで、日蓮はこの災難の謂われを知り、身命を捨てて国恩に報いようと諌言したが、愚人の習いで、遠い人を尊び近い人を蔑るためか、あるいは多人の言う邪義を信じて一人の説く正義を捨てるためか、日蓮の言葉を用いずに空しく年月を過ごしていると述べられます。
 そして今、幸いなことに強仁あなたが勘状をもって日蓮を諭そうとしている。できることなら、このついでに天皇に奏上して邪正を決しようではないか。またあなたの勘文の内容は全く仏法の道理に反しているから、もしあなたがこれを黙止して空しく一生を過ごすならば、必ず師檀共に地獄の大苦を招くだろう。今生の大慢のために、永劫に旦る苦悩の因を植えてはならない。故に早く天皇に奏上し、速やかに私との対面を実現して、その邪見を翻されるがよい。書は言葉を尽くさず、言葉は心を尽くさないため公場対決を期待する、と再度公場での法論を訴えられ、本抄を結ばれています。

三、拝読のポイント

三災七難の根源

 大聖人様は本抄において、
  「我が朝の為体〈ていたらく〉、二難を盛んにす。所謂自界叛逆難・他国侵逼難なり。(中略)是併ら真言・禅門・念仏・持斎等、権小の邪法を以て法華真実の正法を滅失するが故に招き出だす所の大災なり」と仰せになり、自界叛逆難(内乱)・他国侵逼難(他国に侵略される)などの三災七難が起こる根源は、真言・禅・念仏・律等の謗法が蔓延し、正法である法華経を滅失する正法誹謗の失にあることを明示されています。

兼知未萌〈けんちみぼう〉の聖人

 大聖人様が『立正安国論』において予言された自界叛逆難は文永九(一二七二)年の二月騒動として、また他国侵逼難は文永十一年の蒙古国の襲来として現われ、二難共に現実のものとなりました。予言の的中は、まさに末法出現の大聖人様が兼知未萌(兼ねて未来の出来事を知る)の聖人であることを証明するもので、『種々御振舞御書』に、
 「此の書(立正安国論)は白楽天が楽府にも越へ、仏の未来記にもをとらず、末代の不思議なに事かこれにすぎん」(御書 一〇五五)
と仰せのように、その諸説は「仏の未来記」にも相当するのです。しかし、幕府の要人たちはそのことを知らず、本抄に、
 「愚人の習ひ遠きを尊び近きを蔑〈あなず〉るか、将又多人を信じて一人を捨つるかの故に終に空しく年月を送る」
とあるように、邪法邪師を重んじて大聖人様を蔑如し、災難を招き寄せたのです。
 また、本抄に、
 「只今他国より我が国を逼〈せ〉むべき由兼ねて之を知る。故に身命を仏神の宝前に捨棄して刀剣・武家の責めを恐れず、昼は国主に奏し夜は弟子等に語る」
と御教示のように、大聖人様は身命を賭して国主を諌暁すると共に、弟子・信徒の育成を常に心がけておられたことが拝されます。
 本宗僧俗は、大聖人様の御化導を拝し、破邪顕正の折伏の実践と、広布の人材の育成に心を砕いていくことが大事です。

謗法は五逆罪に過ぎる重罪

 大聖人様は本抄において、
 「此等は大悪人たりと雖も我が朝の大謗法には過ぎず」
と、インドや中国の国王等は多くの寺塔を破壊し、無数の仏弟子を殺害したり還俗させたが、その大悪人の罪よりも日本国の大謗法の者の罪のほうが重いと仰せです。
 謗法の罪について、『顕謗法抄』には、
 「法華経の行者を悪口し、及び杖を以て打擲〈ちょうちゃく〉せるもの、其の後に懺悔せりといへども、罪いまだ減せずして千劫阿鼻地獄に堕ちたりと見えぬ。懺悔せる謗法の罪すら五逆罪に千倍せり。況んや懺悔せざらん謗法にをいては阿鼻地獄を出づる期かたかるべし」(御書 二七九)
とあり、末法の法華経の行者を悪口罵詈等し、迫害する謗法の罪は、懺悔しても五逆罪の千倍に相当し、懺悔しなければ千劫阿鼻地獄に堕ちて抜け出ることができないほど重いと御教示されています。
 私たちは、謗法の罪の深さと恐ろしさを世の人々に教え、自他共に成仏の境界を得ていくためにも、常に慈悲の折伏を行じていくことが肝要です。

四、結び

 御法主日如上人猊下は、
 「現今の混沌とした国内外の世相を見るとき、我々大聖人様の弟子檀那は憂国の士となって、世のため、人のため、『身軽法重・死身弘法』の御聖訓を体し、我が身を呈して仏国土実現へ向けて尽力していくことが肝要であろうと存じます。(中略)どうぞ、各位には受け難き人界に生を受け、値い難き仏法に値い奉り、御本仏の弟子檀那となった深い因縁を心に刻み、この日本を救い、世界を救い、真の世界平和実現を目指して、いよいよ御精進くださることを心から念じ(中略)ます」(大白法七八一号)
と御指南されています。
 いよいよ半年後には宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の大佳節を迎えます。私たちは、法華講員八十万人体勢構築の御命題を名実共に達成するためにも、この御指南を肝に銘じ、真の異体同心の団結をもって、破邪顕正の折伏に邁進していきましょう。

 次回は『瑞相御書』(平成新編御書 九一八)の予定です。
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(注1)本書を発する原因となった強仁からの書状(強仁状)には「近日承るに及ぶ。来たって当国に住するの由」(祖書続集中36オ)とあり、大聖人が当国に来たことをきっかけとして、強仁が書状を発したことが記されてあり、強仁の所在は甲斐国である。

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