大白法1104号 令和05年7月1日より転載

御書解説265 背景と大意

始聞仏乗義

御書1212頁 別名 随自意御書


一、御述作の由来

 本抄は、弘安元(一二七八)年の春、大聖人様が御年五十七歳の時、身延において認められた御書です。
 冒頭部分と最後の日付・宛名の部分が欠損しており、対告衆は不詳です。御真蹟が総本山大石寺に蔵されていることから、駿河(静岡県中部)もしくは富士方面の信徒、あるいは大聖人様に常に御供養申し上げていた南条時光殿が賜った御消息とも考えられます。
 題号は、本抄の初めの、
 「衆生の身心をとかせ給ふ」
の御文から名付けられたものです。また、本文中に、
 「法華経と申すは随自意と申して仏の御心をとかせ給ふ」
とあることから、別名『随自意御書』とも称されています。

二、本抄の大意

 初めに、衆生の心に随って説かれたが方便権教である爾前経は随他意の教えであり、仏の御心をそのまま説いた法華経は随自意の教えであることを述べられ、法華経を素直に信仰する功徳を、麻と蓬などの譬えをもって説かれます。
 次に、法を弘通する人師について、正直、不正直などの点から三種の相違あることを挙げられ、第一はインドの人師、第二は漢土(中国)の人師、第三は末代の人師に当てはめられています。
 続いて、正法時代、像法時代におけるインド、中国、日本の三国の小乗教・大乗教などの仏法流布の様相について述べられます。中でも像法時代の中国において、法華経と他経とがどのように判釈され、勝劣が論じられてきたのかを詳述され、天台大師出現以前は、いわゆる南三北七と言われる十宗に分かれ、華厳第一、涅槃第二、法華第三の判釈が中心であったことが述べられます。
 その後、陳・隋の時代に天台大師が諸宗を論破し、法華経を第一とする教相を立てられた。しかし天台・章安の滅後、玄奘三蔵が世に出て、天台の義とは水と火ほどの相違がある五性各別の義(法相宗の説で、一切衆生を先天的に決定されている本性から、五種に分け、先天的に成仏できるもの、できないものを示している)を立て、太宗皇帝の帰依を受けたこと。また新訳の華厳経をもって、華厳宗の日照三蔵などが華厳は根本法輪、法華は枝末法輪と判じて再び法華を下したこと。さらにインドの善無畏などの三人の真言師が、これまでにない新義の密教、真言宗を立てて法華を下したことなどもあり、さらに天台宗の中には妙楽大師の出現まで有為の人材が出なかったために、次第に天台の法華最勝の義が廃れていったことを述べられます。
 その後、欽明天皇の時代に日本に仏法が伝来し、特に桓武天皇の時に伝教大師が出現して南都六宗の諸宗を破折し、法華一乗の義を宣揚された。ところがその後、弘法が法華経は華厳経に及ばず、まして真言には到底及ばないと主張し、比叡山の座主である慈覚・智証が法華経と真言は、人の両目・鳥の二翼のごとく勝劣はないが、印・真言を説く分、真言が勝れると主張したため、多くの人が誑かされて、その邪義に傾いてしまったことを述べられます。
 次に、法華と真言との勝劣、正邪について言及され、仏が説く過去・現在・未来のすべての経典の中で法華経に勝るものはないと真言を破折し、末法の法華経の行者を迫害する罰として、民も滅び、国も破れることを述べられ、また逆に法華経の行者を供養することの功徳が大きいことを説かれます。
 最後に、世が乱れてたいへんな状況の中、御供養の笋〈たかんな〉(たけのこ)を送ってくださったその志は、福田に成仏の種を植えられたものと、篤信を愛でられて本抄を結ばれます。

三、拝読のポイント

 末法における随自意の教え

 大聖人様は本抄において、衆生の心に合わせて説かれた爾前経は随他意の教えであるから劣り、仏の御心をそのまま説かれた法華経は随自意の教えである故に最勝であると、権実相対してその勝劣を判じられています。そして、
 「法華経と申すは随自意と申して仏の御心をとかせ給ふ。仏の御心はよき心なるゆへに、たといしらざる人も此の経をよみたてまつれば利益はかりなし。(中略)なにとなけれどもこの経を信じぬる人をば仏のよき物とをぼすなり」
と仰せられ、随自意の法華経を信ずる人には計り知れない利益があることを御教示です。
 この随自意・随他意は、さらに本迹相対、種脱相対して判じることで、その本意が明らかとなります。
 本迹相対の上からは『観心本尊抄』に、
 「迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意・易信易解、本門は三説の外の難信難解・随自意なり」(御書六五五)
とあるように、釈尊の久遠の本地を説き明かさない迹門も、爾前経と同じく随他意の教えに取り入れられ、久遠の本地を開顕された本門こそが三説に超過する難信難解にして随自意の教えとなります。
 さらに、種脱相対の上からは、寿量文底下種の南無妙法蓮華経こそが、真の随自意の教えとなります。すなわち、『本因妙抄』に、
 「一代応仏のいきをひかえたる方は、理の上の法相なれば、一部共に理の一念三千、迹の上の本門寿量ぞと得意せしむる事を、脱益の文の上と申すなり。文底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず、直達正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是なり」(同一六八四)
とあるように、応仏昇進の仏である釈尊の説かれた法華経は本迹共に文上脱益・理の一念三千の教えであり、久遠元初の御本仏の寿量文底下種の仏法・事の一念三千の南無妙法蓮華経こそが真の本門、随自意の教えとなるのです。
 私たちは、真の随自意の教えである南無妙法蓮華経の仏法を信じ、その法体たる御本尊に自行化他の題目を唱えていくところに、成仏の境界が得られることを忘れず精進することが肝要です。

 人の使いに三人あり

 大聖人様は本抄において、
 「人のつかひに三人あり。一人はきわめてこざかしき。一人ははかなくもなし、又こざかしからず。一人はきわめてはかなくたしかなる」
と、三人の使いの譬えを挙げられ、第一の人はとても賢いので過ちを犯すことはないが、第二の人は小賢しく、主人の言葉に自分の言葉を加えて伝えるので一番悪い使いであること。第三の人は私の言葉を交えず、正直に主人の言葉を伝えるので第二の人よりも勝れ、ともすると第一の人よりも勝れていることを仰せられています。
 そして、この三人を正像末の三時におけるインド・中国・日本の仏法弘通の論師・人師に当てはめて述べられる中、
 「第三をば末代の凡夫の中に愚痴にして正直なる物にたとう」
と仰せられ、末法の遣使還告〈けんしげんごう〉、法華経の行者としての大聖人様御自身の御立場を示されています。さらに、国主等が先に弘まっていた邪義を信じ、正法を説く大聖人様の諌言を用いず、かえって迫害を加える故に、諸天の責めによって国中に災難が起こり、民も国も滅びると仰せられています。
 大聖人様の仏法に照らし、国土に種々の災難が起こる原因を知る私たちは、一切衆生救済と仏国土建設のため、どのような迫害に遭おうとも屈することなく、いよいよ折伏弘通に邁進いたしましょう。

 御供養の功徳

 大聖人様は本抄において、伝教大師の『依憑集』の、
 「讃めん者は福を安明に積み謗ぜん者は罪を無間に開かん」
の文や「稗〈ひえ〉の飯」や「土の餅」を供養した故事を挙げて、法華経の行者を供養する功徳の大なることを示されています。そして、
 「設ひこう〈功〉をいたせども、まことならぬ事を供養すれば、大悪とはなれども善とならず。設ひ心をろかにすこしきの物なれども、まことの人に供養すればこう〈功〉大なり。何に況んや心ざしありてまことの法を供養せん人々をや」
と、たとえ供養の功をなしたとしても謗法の事物に供養すれば、大悪とはなっても善根とはならないこと、反対にたとえ本心からではなく、また少量であっても「まことの人」に供養すれば、その功徳は大きく、まして志があって、「まことの法」に供養する人の功徳は甚大であることを御教示です。
 私たちは、真実の仏法である三大秘法の御本尊に対し奉り、真心からの御供養を常に心がけ、成仏の大功徳を積んでまいりましょう。

四、結び

 御法主日如上人猊下は、同抄を引かれ、
 「我々一人ひとりの力は小さくとも、広布へ向かって心を合わせ、一致団結していけば、やがて大海ともなり、須弥山ともなり、計り知れない大きな力となり、広布へ向かって大きく前進することができるのであります」(大白法 八七九号)
と御指南されています。
 現在、全国・全世界の法華講員が一丸となって、宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の慶祝記念総登山に参加しています。私たちは、いかなる困難をも乗り越えて折伏を成就し、歓喜のご登山をさせていただきましょう。

 次回は『檀越某御返事』(平成新編御書 一二一九)の予定です


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