大白法1136号 令和06年11月1日より転載

御書解説277 背景と大意

秀句十勝抄

御書1324頁 別名 十勝抄・称玄抄



 一、御述作の由来

 本抄は、弘安元(一二七八)年、日蓮大聖人様が御年五十七歳の時、身延において著された御書です。御真蹟は、千葉県市川市中山の法華経寺(日蓮宗)に蔵されています。
 本抄は、伝教大師が法相宗の徳一を破折されるために著された『法華秀句』にある十勝(法華経が一代諸経に超勝している十義)を抄出したもので、十勝中の第一・第三を除く各勝の終わりに大聖人の御教示として、真言破折等を加えた内容となっています。
 なお、本抄の末尾には日付がなく、系年に異説がありますが、筆跡及び御花押の形態、さらに慈覚・智証等に対する破折があることなどから、弘安元年説が妥当とされます。

 二、本抄の大意

 初めに、『法華秀句』(以下、『秀句』)における十勝の名目、
 仏説已顕真実勝一
 仏説経名示義勝二
 無問自説果分勝三
 五仏道同帰一勝四
 仏説諸経校量〈きょうりょう〉勝五
 仏説十喩校量勝六
 即身六根互用勝七
 即身成仏化導勝八
 多宝分身付嘱勝九
 普賢菩薩勧発勝十
を示されます。
 次に、十勝それぞれについて、『秀句』の文を抜粋して挙げられます。

 〈仏説已顕真実勝一〉
 第一は、仏が出世の本懐を説いた已顕真実の法華経が勝ること。
 仏の真実義に対する未顕・已顕や、三乗真実・一乗方便などの法相宗の教義の誤りは、麁食者(爾前権教の粗食で満足する者)の徳一が偽文書を数巻造って法華経を謗ずるゆえであること。
 次いで、徳一の『羽翼』に法華経『方便品』の、「世尊法久後、要当説真実」とあるのは不定性の二乗に約すからであり、頓悟の菩薩に約せば、恒に一乗を聞き、常に記別を授かるので、「世尊法久後、要当説真実」とは言わないとの謬説を示されます。

 〈仏説経名示義勝二〉
 第二は、仏が経名に多くの義を説示する法華経が勝ること。
 『秀句』の「果分の経(法華経)には十七の名が具わる」との文を挙げ、注として「一には無量義経……十六には妙法蓮華
経、十七には最上法門」等の十七名を挙げて、諸名は法華の異名であることを示されます。
 次いで、『秀句』の、
 「歴劫修行頓悟の菩薩は無上菩提を成ぜず、直道直至は已顕に依る故に法華経の宗が諸宗の中で最勝である」
との文を挙げ、法相の賛と三論の疏が法華に劣ることを挙げられます。
 そして、大聖人様の御教示として、光宅・上宮の法華の疏、
善無畏等の大日経の疏、法蔵の華厳経の疏等は、はたして法華経や一切経の意に順じているのかと述べられます。

 〈無問自説果分勝三〉
 第三は、無問自説・果分の法である法華経が勝ること。
 法華経『方便品』の「爾時世尊従三昧、乃至所不能知」(法華経八八)等の文が仏の果分の法を説いていること。「諸仏世尊唯以一大事因縁故出現於世」(同一〇一)の文が、三乗ではなく一乗を説くために仏が世に出現されたと説いていること。
 『譬喩品』の文に、法華経を説く人は如来の使いであり、如来の事を行ずると説かれること。さらに、『神力品』に説かれる四句の要法は、それぞれ果分の法であることを挙げられます。
 次いで、華厳経は因分を説いて、如来内証の果分を説いていないこと。果分は因分に勝ることを挙げ、唯識論や竜樹菩薩・提婆菩薩の論は因分の空の歴劫修行を説いて果分の空の大直道を説いていないこと。天台所釈の法華経の宗は諸宗に勝るとの文を挙げられます。

 〈五仏道同帰一勝四〉
 第四は、五仏同道して帰一するゆえに法華経が勝ること。
 法相所伝の三乗等の宗は真実の説ではなく、華厳・三論の二宗も同じであること。仏滅後六百年の経宗・論宗、九百年の法相宗は歴劫修行を説いて衆生を引接(導く)するゆえに未顕真実に含まれること。
 阿毘達磨の倶舎宗、修多羅の華厳宗は「四十余年未顕真実」に含まれ、未究竟であること。また、華厳経の一無碍道、深密経の一乗には成・不成の二説があり、法華経の一乗はことごとく成仏するゆえに、天台法華宗は出世本法の説であり諸宗に勝ることを挙げられます。
 そして、大聖人様の御教示として、華厳・涅槃・金光明・深密の諸経の勝劣は、天台・妙楽・伝教の釈をもって知ることができるが、密厳経や大雲経、また大論に説く般若波羅蜜(大品般若経)が諸経中の王であるとの説は知り難いと述べられます。

 〈仏説諸経校量勝五〉
 第五は、諸経との校量を説く法華経が勝ること。
 『法師品』の、
 「我所説諸経、而於此経中、法華最第一」(同三二五)
の文は、仏の金口の校量であり深く信受すべきこと。
 已今当の三説の経は随他意のゆえに易信易解であり、法華経は随自意のゆえに難信難解であり、随自意は随他意に勝ること。
 次いで、『安楽行品』の、
 「法華経は無量の国中に於て、乃至名字をも聞くことを得べからず」
の文を挙げて、天台法華宗はこの経文に順ずるゆえに帰依すべきこと。法相宗の人は法華を賛ずる論疏を多く造っても、法華の義を屈するため、
 「法華経を賛ずと雖も、還って法華の心を死す」
との文を挙げられます。
 そして、大聖人の御教示として、法華最勝を誹謗する謗法・謗人の罪は、法華経を信受しなければ滅することができない。弘法・慈覚・智証、並びに法蔵・澄観・慈恩・善導・善無畏・金剛智・不空等の罪滅はいかがかと述べられます。

 〈仏説十喩校量勝六〉
 第六は、仏が十喩を説いて校量するゆえに法華経が勝ること。
 『秀句』の文にある、法華経『薬王菩薩本事品』の十喩、すなわち@如海深大、A如山最第一、B如月照明、C如日除闇、D如転輪王、D如帝釈、F如梵王、G如辟支仏、H如菩薩、I如仏、の十喩について、他宗所依の教にはなく、法華経のみに説かれるとの文を挙げられます。
 そして、大聖人様の御教示として、G如辟支仏のあとに、真言宗の諸師と伝教大師の末学の法華の行者と勝劣はいかがかと述べられ、I如仏のあとには、「迹仏は長者の位、本仏は法王の位か」と注記されています。また、当世の叡山・園城・東寺等の真言教の学者等は、「初めの猿を恃む譬え」のように弘法等と同罪を犯して無間地獄に沈むと述べられます。
 なお、大聖人様は、C如日除闇と、G如辟支仏のあとに『玄義』の文を追加されています。

 〈即身六根互用勝七〉
 第七は、即身に六根が互具するゆえに法華経が勝ること。
 法華経『法師功徳品』に説かれる六根清浄の功徳、すなわち五種法師(法華経に説かれる五種の修行)によって六千の功徳を獲ることを挙げ、他宗所依の経にはすべてその経力がなく、天台法華宗には具わるとの文を挙げられます。
 なお、大聖人様は、この後に『玄義』と『文句』の文を追加されています。

 〈即身成仏化導勝八〉
 第八は、即身成仏を説き衆生を化導するゆえに法華経が勝ること。
 『提婆達多品』に説かれる竜女の即身成仏は法華経の経力を顕わすこと。六趣の中の畜生界は不善の報を明かし、男女の中の女身は不善の機を明かし、長幼の中の少女は不久修(修行の期間が短い)を明かすが法華の甚深微妙の力をもって成仏するゆえに、法華の力用は諸経の中の宝であり、世の希有であること等の文を挙げられます。
 そして、他宗所依の経には即身入の義はなく、天台法華宗には即入の義があるとの文を挙げられます。
 なお、大聖人様は、この後に『文句』と『文句記』『輔正記』の文を追加されています。
 そして、大聖人様の御教示として、法華宗の天台・妙楽・伝教は大日経等の即身成仏を許していないが、慈覚・智証・安慧・安然等が師に背いて許すゆえに、日本国の末学がこれを許していると述べられます。

 〈多宝分身付嘱勝九〉
 第九は、多宝仏及び分身仏が来集して真実を証明し、滅後の付嘱がなされたゆえに法華経が勝ること。
 法華経『見宝塔品』に説かれるように、多宝仏が、法華経を証明し、釈尊と多宝仏が二仏並座され、十方世界の分身の諸仏が八方に坐し、一会の大衆は虚空会に引き上げられ、滅後の付嘱の儀式が行われるのであり、このような盛大な御付嘱は、諸経には全くないゆえに法華経が勝れていること。また、六難九易の六難は、法華を指すとの文を引き、他宗所依の経は九易を出ず、天台法華宗のみが六難の最上位にあるとの文を挙げられます。
 そして、大聖人の御教示として、日本国の弘法・慈覚・智証、中国の善無畏・金剛智・不空等の六人に関わるゆえに、今生には国を亡ぼし後生には無間地獄の苦を招くとされ、謗法の人を捨てて法華経に帰依するよう破折されます。

 〈普賢菩薩勧発勝十〉
 第十は、普賢菩薩が来たって勧発されたゆえに法華経が勝ること。
 法華経『普賢菩薩勧発品』において、普賢菩薩は法華経を得ることを決し、滅後の持経者を勧発し、持経者を護って安穏なることを得させるが、他宗所依の経にはこの勧発がなく、天台法華宗にはあること。
 また、普賢菩薩が身を現じて法華を読誦する者を供養するが、他宗所依の経にはこの供養・安慰がなく、天台法華宗にはあること。
 次いで、円融三諦の義・陀羅尼は法華経のみにあるゆえに、他宗所依の経では円益(円教の利益)を得られず、天台法華宗は円益を得られること。
 次いで、当品では法華経を護るために真言を持者に与えて自身が常に守護する。この妙法の真言は他経には説かないゆえに、法華宗は三論・法相の二宗に勝れ、また華厳宗にも勝れること。
 さらに、果分の教は諸経に秀でて対比するものがなく最上であること、天台法華宗の能説の仏は久遠実成であること等の文を挙げられます。
 そして、大聖人の御教示として、伝教大師の『依憑天台集』等の文を引いて、伝教大師にも真言破折があることを明示されて、本抄を終えられています。

 三、拝読のポイント

 台密人師を厳しく指弾

 大聖人様は本抄において、中国の三三蔵や弘法だけではなく、慈覚・智証などの台密の諸師を厳しく指弾されています。
 『報恩抄』に、
 「慈覚・智証の義こそ、真言と天台とは理同なりなんど申せば、皆人さもやとをもう。かうをもうゆへに事勝の印と真言とにつひて、天台宗の人々画像木像の開眼の仏事をねらはんがために、日本一同に真言宗にをちて、天台宗は一人もなきなり(中略)慈覚・智証の義は、法師と尼と、黒きと青きとがごとくなるゆへに、智人も迷ひ、愚人もあやまり候ひて、此の四百余年が間は叡山・園城・東寺・奈良・五畿・七道・日本一州、皆謗法の者となりぬ」(御書 一〇一五)
とあるように、第三戯論と法華を貶めた弘法の邪義に比べ、理同事勝を主張した慈覚・智証の義は、正法と見分けがつきにくく、判りにくいゆえに多くの衆生を誑かして謗法の大罪を犯させ、無間地獄に堕しているのです。
 私たちは、謗法の害毒の恐ろしさを知る者として、邪宗邪義を破折し、大聖人様の正法を一人でも多くの人に受持させることが肝要です。

 「法華経第一」の本質

 大聖人様は本抄において、法華経が諸経中の王であり、最第一・最勝の経であることを示した『秀句』の文を挙げられています。
 大聖人様が『三大秘法稟承事』に、
 「法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひて候は、此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給へばなり」(同一五九五)
と仰せのように、法華経本門寿量品の文底には三大秘法が秘沈されているのであり、その法体が人法一箇の南無妙法蓮華経、すなわち本門戒壇の大御本尊であると知ることが、真に「法華最第一」の意義を知ることになるのです。
 これは、内鑑冷然・外適時宜(内鑑冷然たり、外は時の宜しきに適う)の上から天台・伝教も説き明かさなかった法門であり、久遠元初の御本仏・日蓮大聖人様が、末法の一切衆生救済のために初めて説き明かされた文底の法門です。
 法華経の文底に秘沈された最高・最勝の仏法、すなわち南無妙法蓮華経の御本尊を受持信行することによって即身成仏の大功徳を得ることができるのです。

  四、結  び

 御法主日如上人猊下は、
 「仏法破壊の謗法も責めず、邪義をそのままにして見過ごし、折伏をしない者は仏法のなかの敵であるとの厳しい御制誡をよくよく拝し、すべての支部が僧俗一致・異体同心して立ち上がり、敢然として折伏を行じ、大聖人様の御意にかなう信心をしていくことが今、最も大事なのであります」(大白法 一一三一)
と仰せです。
 「折伏前進の年」も残りわずかとなりました。本宗僧俗は、破邪顕正の精神を片時も忘れることなく、最勝真実の妙法を信仰する功徳と、さらには地涌の菩薩の眷属としての使命と誇りをもって、広宣流布大願成就に向け、いよいよ自行化他の信心に邁進してまいりましょう。

 次回は『上野殿御返事』(平成新編御書 一三四九)の予定です

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