大白法 仏教用語解説

  仏教用語の解説 (59) 大白法1099 令和05年04月16号

悪人成仏・女人成仏




 悪人成仏と女人成仏は、共に法華経『提婆達多品第十二』に説かれる法門で、法華経以前の爾前経では成仏できないとされてきた悪人や女人が、法華経によって初めて即身成仏できるという教えです。
 天台大師の『法華文句』に、
 「他経には但菩薩に記して二乗に記せず。但善に記して悪に記せず。但男に記して女に記せず。但人天に記して畜に記せず。今経は皆記す」(法華文句記会本中四五八)
とあるように、他経(爾前経)では、菩薩・善人・男は成仏の記別を授かることができましたが、声聞・縁覚の二乗と悪人・女人は、成仏できないとされていました。今経(法華経)に至り、十界互具・一念三千の法理が明かされたことにより、悪人や女人を含む一切衆生への成仏の道が開かれたのです。
 悪人成仏と女人成仏は共に、仏滅後の衆生が法華経を受持することへの諌め、勧めとなるので、この二つをもって「二箇の諌暁」といいます。

 悪人成仏について

 悪人とは悪事を働いた衆生という意味で、十悪・五逆罪〔*1〕を犯した者や、法華経を誹謗する誹謗正法(謗法)の者をいいます。爾前経では成仏できないとされ、『無量寿経』でも、阿弥陀仏の救済から漏れると説かれています。
 法華経『提婆達多品』前半で成仏が許される悪人の提婆達多は、釈尊の従弟で、もとは釈尊の弟子でした。しかし、釈尊を妬んで教団を去り、釈尊に取って代わろうと教団の分裂を企て(破和合僧)、蓮華比丘尼を殺害し(殺阿羅漢)、釈尊を殺害しようとして怪我を負わせる(出仏身血)など、三逆罪の悪業を作り、生きなからに地獄に堕ちちたとされています。
 『提婆達多品』で釈尊は、自身と提婆達多との過去世の因縁を明かします。すなわち、釈尊は過去世に国王であったとき、王位を捨てて千年もの間阿私仙人に仕え、妙法を得て成仏することができたとされます。この時の阿私仙人とは提婆達多の前世の姿であり、もとは釈尊が成仏を遂げるための善知識だったのです。釈尊はこの因縁を示し、提婆達多が未来に成仏するという記別を与え、どんな悪人でも成仏することを説かれました。
 なお、提婆達多の成仏は、
 「無量劫を過ぎて」(法華経 三六〇)
と、遠い未来のことと記されています。しかし、大聖人は『御義口伝』に、
 「下至阿鼻地獄の文は、仏光を放ちて提婆を成仏せしめんが為なりと日蓮推知し奉るなり」(御書 一七二四)
と仰せられ、法華経『序品第一』において釈尊が放った光明が阿鼻地獄にまで至り、それによって提婆達多が成仏したと説かれています。

 女人成仏について

 『提婆達多品』の後半では、竜女の即身成仏に寄せて、女人成仏が説かれています。
 竜女とは、娑竭羅〈しゃかつら〉竜王の八歳の女〈むすめ〉で、文殊菩薩が竜宮において教化した際に法華経を聞いて成仏を遂げたと説かれます。『祈祷抄』に、
 「竜畜下賤の身たるに女人とだに生まれ、年さへいまだた〈長〉けず、わずかに八歳なりき」(同 六二六)
とあるように、竜女は女人であると同時に、蛇身の畜生でもあり、さらに八歳と年少でした。その竜女を文殊が教化し成仏させたと聞いて、一会の大衆は大いに疑念を懐きます。その中の智積菩薩は、
 「釈尊は無量劫において難行苦行し、功徳を積み重ね、衆生のために身命を捨て、それによって成仏を遂げたとされるにも関わらず、八歳の竜女が成仏を遂げたなど、信じられない(趣意)」(法華経 三六六)
と述べ、舎利弗も竜女に対し、
 「汝が短時に成仏を遂げたとは信じ難い。女人は穢れており成仏の器ではない。しかも五障など成仏の妨げもある。どうして速やかに成仏を遂げることができたのか(趣意)」(同 三六七)
と疑問を呈します。つまり智積菩薩と舎利弗は、法華経以前の爾前経の意に基づき、長い時間の修行が必要とされてきた成仏を、なぜわずか八歳の竜女が短い間に遂げられたのか。まして女人は五障三従〔*2〕など成仏の妨げがあって、速やかな成仏などできるはずがないと指摘したのです。
 これに対し竜女は、自らの成仏の証として三千大千世界(全世界)と同等の価値があるとされる宝珠を釈尊に供養し、釈尊もその志を認めて納受されます。そして竜女は、自らが成仏するのに要した時間は、今釈尊に宝珠を供養した時間よりもさらに速く、その姿を神通力によって見るようにと述べると、一会の大衆は、竜女が即身成仏を遂げ、南方無垢世界において法華経を説いて衆生を教化している姿を眼前に拝します。それにより、大衆は等しく歓喜の心を懐き、竜女を敬礼し、その成仏を信受したのです。
 『千日尼御前御返事』に、
 「竜女と申せし小蛇〈くちなわ〉を現身に仏になしてましましき。此の時こそ一切の男子の仏になる事をば疑ふ者は候はざりし」(御書 一二五〇)
とあるように、法華経に説かれる竜女成仏・女人成仏こそ、一切衆生がその身を改めずして即身成仏することの証明でもあるのです。

 法華経は十界皆成〈かいじょう〉

 私たちの命は十界互具といって、仏界から地獄界までの十界すべての命を具えています。したがって人界のみならず地獄界・畜生界など、十界すべての生命が成仏できなければ、私たち自身が成仏を遂げることはできません。
 『開目抄』に、
 「今、法華経の時こそ、女人成仏の時、悲母の成仏も顕はれ、達多の悪人成仏の時、慈父の成仏も顕はるれ。此の経は内典の孝経なり」(同 五六三)
とあるように、竜女成仏や提婆達多の成仏により、過去の先祖にも成仏の道が開かれるのであり、法華経こそ真実の孝養が叶う最高の経典であることを教えられています。また『千日尼御前御返事』に、
 「法華経計りこそ女人成仏、悲母の恩を報ずる実の報恩経にては候へと見候ひしかば、悲母の恩を報ぜんために、此の経の題目を一切の女人に唱へさせんと願す」(同 一二五一)
と、女人成仏の法華経を一切の女人に弘めていくことが母に対する報恩の道であるとも御教示です。一切衆生を成仏に導く法華経、すなわち大聖人の仏法を折伏弘通することが父母先祖に対する最高の報恩であることを理解し、信行に励んでまいりましょう。

[*1]
 十悪 犯せば三悪道に堕ちるとされる十種の大罪@殺生A偸盗(盗み)B邪淫(邪な淫事)C妄語(嘘)D綺語(飾った虚言)E両舌(二枚舌)F悪口G貪欲(貪り)H瞋恚(瞋り)I邪見(邪な考え)。
 五逆罪 どれか一つでも犯せば必ず無間地獄に堕ちるという重罪。@殺父〈しふ〉(父を殺す)A殺母〈しも〉(母を殺す)B殺阿羅漢(阿羅漢を殺す)C出仏身血(仏の身から血を出す)D破和合僧(和合僧団を破る)。
[*2]
 五障 女人が梵天・帝釈・魔王・転輪聖王・仏の五つに成ることができないという障り。
 三従 幼少期は父に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従うという縛り。成仏の妨げになるとされる。

 次回は、「受持即観心」について掲載の予定です

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