大白法 仏教用語解説
仏教用語の解説 (69) 大白法1121 令和06年03月16号
宗教の五綱
宗教の五綱とは、教・機・時・国・教法流布の前後(先後)という五つの教相判釈(教判)で、宗教の五箇とも五義ともいいます。
日蓮大聖人は『教機時国抄』に、
「此の五義を知りて仏法を弘めば日本国の国師とも成るべきか」(御書 二七一)
と、宗教の五綱を知れば日本すべての人の師ともなる、と示されています。
また「綱」とは、日寛上人が『報恩抄文段』に、
「蓮祖弘通の大綱は宗旨の三箇、宗教の五箇を出でざるなり」(御書文段四六三)
と示されるように、五綱は正しい宗旨を選び取るための大綱(根本)であることを意味します。
教を知る
「教を知る」とは、世の中のすべての宗教・思想・哲学の中から、最も勝れた教えを知るということです。
仏教では教えの勝劣浅深を判断することを教相判釈といい、それには天台大師の五時八教判や、大聖人の五重相対・三重秘伝などがあります。これらについて、詳しく解説することはできませんが、内外・大小・権実・本迹・種脱の五重相対および三重秘伝の最後の判釈である種脱相対について大聖人は、
「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底に秘してしづめたまへり」(御書 五二六)
と、仏の悟りの当体である一念三千は、釈尊や天台大師・伝教大師もかつて説かなかった、寿量品文底秘沈の大法であると教示されています。
すなわち「教を知る」とは、「文底秘沈の大法である事の一念三千・本因下種の妙法をもととする三大秘法こそが最勝の法であると知る」ことです。
機を知る
機とは機根のことで、仏の教えを受け止める衆生の能力、また教化の対象となる衆生そのものを指します。
衆生の機根には、本已有善(過去世に法華経の下種を受てぃる釈尊在世や正法・像法時代の衆生)と、本未有善(過去世に法華経の下種を受けていない、末法の衆生)の二種があります。
『曽谷入道殿許御書』に、
「末法に入った今、釈尊在世に結縁のある者は次第にいなくなった。末法はかつて不軽菩薩が行ったよう に、逆縁による毒鼓の縁を結ぶべき時である(趣意)」(同 七七八)とあるように、末法の衆生は本未有善であり、成仏の元となる、妙法の仏種が植えられてぃません。したがって成仏のためには、相手が好むと好まざるとにかかわらず、強いて妙法を説き、折伏をもって毒鼓の縁〔※1〕を結ばなければならないのです。
すなわち「機を知る」とは、「末法の衆生が妙法を下種折伏されるべき機根であると知る」ことです。
時を知る
釈尊は、自身の滅後千年を正法時代、次の千年を像法時代、それ以降の万年を末法時代という三時に区分し、それぞれの時代に広まるべき法について説かれています。そして末法時代には、釈尊が説いた仏法が効力を失うと示される反面、法華経『神力品』に、
「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人世間に行じて 能く衆生の闇を滅す」(法華経 五一六)
とあるように、末法万年の闇を照らす日月の光明のごとき聖人が出現し、衆生を救済すると説かれました。
その予証の通り、末法に上行菩薩の再誕、久遠元初の御本仏として日蓮大聖人が出現されたのです。
『報恩抄』に、
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし」(御書一〇三六)
とあるように、大聖人は大慈大悲をもって南無妙法蓮華経の三大秘法を建立し、末法の一切衆生を成仏へと導かれるのです。
すなわち「時を知る」とは、「末法が大聖人弘通の三大秘法によって利益される時であると知る」ことです。
国を知る
「国を知る」とは、それぞれの国の情勢と、それに適した教えを知ることです。
日寛上人の『依義判文抄』(六巻抄一一一)では、なぜ大聖人の仏法が日本国に建立されるのかについて、三義を挙げています。
一には、『秀句十勝抄』に、
「日蓮が云はく、迹門を月に譬へ、本門を日に譬ふる」(御書 一三三三)
とあるように、大聖人弘通の独一本門の仏法が、末法の長き闇を照らす日月の光明に譬えられることから、日本の名は文底独一本門の仏法を表わしているのです。
二には、日蓮大聖人出現の本国である日本ということを示されます。
三には、日は独一本門の三大秘法を表わし、日本が三大秘法広宣流布の根本の妙国であるがゆえに日本ということを示されています。
このように日本は、末法の御本仏日蓮大聖人が出現し、一切衆生成仏の大法を建立されるという深い因縁のある国なのです。
『諌暁八幡抄』に、
「扶桑国をば日本国と申す、あに聖人出で給はざらむ。(中略)日本の仏法、月氏へかへるべき瑞相なり」(同一五四三)
とあるように、日蓮大聖人の仏法によって、月氏(インド)および全世界が利益されるのであり、そのことを知るのが国を知るということです。
教法流布の前後(先後)を知る
釈尊は、正法・像法・末法と時の経過とともに、人々の機根は低下し、やがて末法濁悪の世になると説きました。
大聖人は『曽谷入道殿許御書』(御書七八五)に、正法時代には迦葉・阿難らが小乗教を、竜樹菩薩らが権大乗教を、像法時代には南岳大師・天台大師らが法華経の迹門を弘通したが、法華経の肝要は説かれなかったと示されています。また『観心本尊得意抄』に、
「設ひ天台・伝教の如く法のまゝありとも、今末法に至っては去年の暦の如し」(同 九一四)
とあるように、天台大師・伝教大師が像法時代に説いた法は、今となっては去年のカレンダーのように意味をなさず、末法は大聖人の三大秘法によってのみ利益されるのです。これら「仏法の順序次第を知る」ことが「教法流布の前後を知る」ことになります。
大聖人の仏法こそ即身成仏の大法
日寛上人は『依義判文抄』に、
「此の五義を以て宜しく三箇を弘むべし」(六巻抄 一〇八)
と、宗教の五綱によって三大秘法を弘通していくよう御教示されています。また『文底秘沈抄』に、
「三大秘法随一の本門戒壇の本尊」 (同 六四)
とあるように、三大秘法は本門戒壇の大御本尊に極まるのであり、私たちは、宗教の五綱をもとに、多くの人を本門戒壇の大御本尊のもとに導いていかなければならないのです。
*1 毒鼓の縁 大乗の教えを聞いて受持しない逆縁の人を、毒を塗った太鼓の音を聞いて死んでしまった人に譬えたもの。逆縁の人は一度は悪道に堕ちるが、大乗を聞いた因縁によって長時を経て成仏するとされる。涅槃経に説かれる。
次回は、「始成正覚・久遠実成」について掲載の予定です
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