大白法 仏教用語解説 久遠実成
仏教用語の解説 (70) 大白法1123 令和06年04月16号
久遠実成
「久遠実成」とは、釈尊が法華経『寿量品』において、それまでの始成正覚の立場を開き、実には五百塵点劫という久遠の昔に成道していたことを明かしたものです。
始成正覚
釈尊は、今から約三千年前の紀元前一千年頃、中インドに誕生しました。そして十九歳の時に出家し、三十歳の時、摩竭陀国の伽耶城近くの菩提樹の下で悟りを開き、成道を遂げました。
華厳経に、
「一時、仏、摩竭陀国寂滅道場に在り、始めて正覚を成ず」(大正蔵 九巻三九五)
と説かれているように、これを釈尊の始成正覚といいます。始成正覚の後、釈尊は四十余年にわたり、三乗(声聞乗・縁覚乗・菩薩乗)の教えを説き、衆生を導かれました。
法華経迹門における釈尊の化導
釈尊が爾前(法華経以前)の四十余年間において説かれた教えは、いずれも衆生の機根に応じた方便(随他意)の教えであり、法華経にいたり、初めて真実・本懐の法門を説かれました。すなわち『方便品第二』には、仏の真実の悟りとは、第一希有難解の法にして、仏と仏としかよく究尽することができない諸法実相・十如是であると説かれています。この諸法実相について、天台大師は『摩訶止観』(摩訶止観弘決会本中二九六)に、それが「一念三千」(衆生のわずか一念の心に、地獄から仏界までの三千の諸法が具わること)であると明かしています。
また『方便品』以降の八品においては、爾前経では成仏が叶わないとされてきた声聞・縁覚の二乗に対し、未来における成仏の保証が与えられました。
このように釈尊は、三十歳の成道以来、爾前経の浅い教えから漸々に次第して、ついに法華経において随自意の法門を説かれたのです。
ただし、日蓮大聖人が『治病大小権実違目』に、
「爾前の仏と迹門の仏は劣応・勝応・報身・法身異なれども始成の辺は同じぞかし」(御書 一二三六)
と教示されるように、爾前経の仏と法華経迹門(久遠の本地が明かされる以前の前半十四品)の仏には、劣応身(蔵教)・勝応身(通教)・他受用報身(別教)・応即法身(法華経迹門)等の違いはあっても、ともにインドに出現し初めて仏となった始成正覚の仏という点においては同じであり、いまだ久遠の本地が明かされていません。
本門における久遠実成の開顕
法華経『従地涌出品第十五』にいたると、釈尊は仏と同じ立派な相好を具えた無量の菩薩衆(地涌の菩薩)を大地より召し出し、その地涌の菩薩を久遠の昔より教化してきたことを説かれます。それを受けて一会の大衆は、三十成道以来の短期間にどうしてこれほどの大菩薩を教化することができたのか、と釈尊の始成正覚に対して疑いを生じます。
そしてついに、釈尊は『如来寿量品第十六』において、
「一切世間の天、人、及び阿修羅、皆今の釈迦牟尼仏は、釈氏の宮を出でて、伽耶城を去ること遠からず、道場に坐して、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえりと謂えり。然るに善男子、我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他劫なり」(法華経四二九)
と、久遠五百塵点劫の昔に成道した仏であると明かされます。
このように釈尊の真実の成道が久遠五百塵点劫の昔にあることを久遠実成といい、また、始成正覚の垂迹身を払って本地を開顕したことを発迹顕本といいます。そして久遠実成の本地を明かした法華経の後半十四品を本門といいます。
久遠実成の意義
釈尊の久遠実成が明らかとなったことには、次のような意義があります。
一、釈尊が本仏であること
『見宝塔品第十一』では、釈尊の十方分身の諸仏がすべて集まり、『寿量品第十六』では釈尊の久遠実成が説かれました。これにより、爾前経において説かれてきた阿弥陀仏や大日如来などを含む一切の諸仏が、釈尊の垂迹仏であり、釈尊が本仏であることが明らかとなります。
二、仏の悟りの本源が久遠にあること
大聖人は『十章抄』に、
「一念三千の出処は略開三の十如実相なれども義分は本門に限る」(御書 四六六)
と説かれています。すなわち、仏の悟りである一念三千は、迹門の『方便品』に説かれていますが、その本義は本門『寿量品』の久遠実成に存することが明らかとなったのです。
三、娑婆世界が仏国土であること
『寿量品』に、
「我常に此の娑婆世界に在って、説法教化す」(法華経四三一)
とあるように、釈尊は久遠五百塵点劫已来、この娑婆世界において衆生を教化してきたのであり、娑婆世界が本仏常住の浄土であることが明かされました。
四、一切衆生に仏と同じ三世永遠の命が具わること
『寿量品』では、釈尊の久遠実成が説かれるとともに、衆生も久遠以来の釈尊の弟子であることが明らかとなりました。さらに、
「一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまず 時に我及び衆僧 倶に霊鷲山に出ず」(同四三九)
と、衆生が仏を渇仰恋慕し、一心欲見仏不自惜身命の信心に住するならば、その時霊鷲山に列出し、常住の仏に見えることができるとも説かれています。つまり、一切衆生も仏とともに三世永遠であることが明らかとなったのです。
久遠元初の御本仏
釈尊は『寿量品』において久遠実成を明かし、結縁の衆生を済度された後、『如来神力品第二十一』において、法華経の肝要を四句の要法に括り、釈尊入滅後の末法の弘通を、地涌の菩薩の上首である上行菩薩に付嘱されました。
すなわち『神力品』には、
「如来の滅後に於て(乃至)日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅し」(同五一六)
と、上行菩薩が、滅後末法の時代に凡夫の姿をした法華経の行者として出現し、衆生を救済すると説かれています。
この付嘱と予証の通り、末法の世に凡夫僧として出現し、法華経を弘通された御方は日蓮大聖人ただお一人です。
大聖人は、御自身が法華経に予証される上行菩薩の再誕であることの深義について『百六箇抄』に、
「本地自受用報身の垂迹上行菩薩の再誕、本門の大師日蓮」(御書 一六八五)
と仰せられ、さらに総本山第二十六世日寛上人は『文底秘沈抄』に、
「内証の深秘に拠れば本地自受用の再誕日蓮なり。故に知んぬ、本地は自受用身、垂迹は上行菩薩、顕本は日蓮なり」(六巻抄四九)
と釈されています。
つまり、大聖人は上行菩薩の再誕というだけでなく、その本地は、『寿量品』文上の五百塵点劫より一重立ち入った久遠の当初、すなわち久遠元初にあり、日蓮大聖人こそが根源の久遠元初の御本仏であられるのです。
仏教徒の大半は阿弥陀・大日・釈尊などの迹仏を崇めています。こうした人たちに、真実の仏とは日蓮大聖人であることを教え、弘めてまいりましょう。
次回は、「三種九部の法華経」について掲載の予定です
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