大白法 仏教用語解説 五重相対B 種脱相対

  仏教用語の解説 (76) 大白法1139 令和06年12月16号

五重相対B

種脱相対


 今回は、五重相対の第五、種脱相対を解説します。
 種脱相対とは、法華経本門寿量品文上の釈尊在世の熟益・脱益の仏法と、寿量品文底に秘沈されている末法の日蓮大聖人の下種仏法との比較相対です。

 熟益・脱益と下種益

 仏が衆生を成仏に導く過程に、下種益・熟益・脱益(種熟脱)の三益があります。
 下種益とは、衆生の命に成仏の種を下すことです。熟益とは、成仏の種を調熟すること、脱益とは実った種を収穫するように成仏させることです。
 下種益を受ける衆生は、過去世に成仏の種を下されていない本未有善の機根です。本未有善の機根が初めて下種を受けることを本因下種といいます。その種は、必ず本因下種の妙法でなければ成仏の種とはならないので、下種の仏は、衆生が好むと好まざるとにかかわらず、強いて妙法を説くのです。
 そして、末法出現の日蓮大聖人は下種の仏として、過去世に下種を受けていない本未有善の機根に対し、本因下種の妙法を下種折伏し、即身成仏へと導かれるのです。
 これに対し、熟益・脱益の化導を受ける衆生は、過去世にすでに下種を受けている本已有善の機根です。本已有善の機根を教化する熟益・脱益の仏は、衆生の機根を見て、様々な方便をまじえながら衆生を導きます。
 インドに出現した釈尊は、本已有善の機根に対し、熟益・脱益の化導を施し、衆生を成仏に導きました。

 文上と文底

 寿量品の文上には、釈尊が、長い時間の菩薩道を経て、五百塵点劫というはるか昔に成仏を遂げ、それ以来、衆生の機根を下種・調熟し、寿量品の説法によって脱益(成仏)に導いたという、釈尊の化導が説かれています。
 しかし日蓮大聖人は『開目抄』に、
 「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底に秘してしづめたまへり。竜樹天親は知って、しかもいまだひろめたまはず、但我が天台智者のみこれをいだけり」(御書五二六)
と、仏の悟りである一念三千は寿量品の文底に秘沈され、天台等はそれを知っていたが、説き顕わしてはいないと仰せになります。
 また大聖人は『当体義抄』に、
 「五百塵点劫のさらに以前(久遠元初)において、一人の聖人が妙法蓮華経を覚知・修行して即身成仏を遂げ、それ以来、たびたび世に出現して衆生を導いてきた(趣意)」(同六九六)
と、仏の悟りの本地は五百塵点劫ではなく、それ以前の久遠元初の即身成仏にあることを示されています。
 同様に『総勘文抄』にも、
 「釈迦如来が久遠元初において凡夫の姿のまま即座開悟(即身成仏)を遂げた(趣意)」(同一四一九)と、悟りの本地が久遠元初における凡夫の姿のままの即座開悟にあると仰せです。
  『当体義抄』や『総勘文抄』に示される本仏の成仏相は、久遠元初において、仏と妙法蓮華経が人法一箇となり即座開悟を遂げたことを示しています。これは、長い間の菩薩道を経て五百塵点劫に成仏を遂げたという、寿量品文上の内容とは異なります。
 すなわち、日蓮大聖人が説き出された仏法は、前代に誰も説くことがなかった寿量品文底秘沈の仏法であり、これこそが一切衆生を成仏に導く真実の大法なのです。

 種脱の教法の相違

 大聖人は『観心本尊抄』に、
 「在世の本門と末法の初めは一同に純円なり。但し彼は脱、此は種なり。彼は一品二半、此は但題目の五字なり」(同六五六)
と、釈尊在世の脱益の衆生にとっての純円の法は、釈尊の説いた文上の寿量品(一品二半)、末法下種の衆生にとっての純円の法は、寿量品文底の妙法蓮華経であることを教示されています。このように、釈尊在世と末法とでは、衆生を成仏に導く教法に違いがあります。
 『上野殿御返事』に、
 「今、末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし。但南無妙法蓮華経なるべし」(同 一二一九)
とあるように、末法では余経も法華経も無益であり、大聖人が説き出された、南無妙法蓮華経のみが衆生を利益するのです。

 脱益の仏と下種の仏

 インドに出現して法華経を説いた釈尊は、無量の光明を具えた色相荘厳の仏でした。
 これに対して末法出現の日蓮大聖人は、凡夫の御姿で御出現になりました。
 前に説明したように、久遠元初の御本仏は、凡夫の姿のまま即座開悟し、人法一箇の仏となられたのであって、釈尊のような色相荘厳の仏は、本当の成仏の姿を顕わしてはいません。
 大聖人は『本因妙抄』に、
  「一代応仏のにいきをひかえたる方は、理の上の法相なれば、一部共に理の一念三千。迹の上の本門寿量ぞと得意せしむる事を、脱益の文の上と申すなり。文底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず、直達正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是なり。(中略)釈尊久遠名字即の位の御身の修行を、
末法今時の日蓮が名字即の身に移せり」(同一六八四)
と示されています。
 つまり、釈尊が説いた仏法は、文上脱益の理の一念三千であり、大聖人が説く法門は、寿量品文底の事の一念三千たる南無妙法蓮華経である。末法の日蓮の姿は、久遠元初の本仏が名字即(凡夫)のまま成仏を遂げた修行の姿を、末法の今に移すものであると説かれるのです。
 本仏の修行の姿とは、
 「此(日蓮大聖人)は久遠元初の自受用報身無作本有の妙法を直ちに唱ふ」(同一六八二)
とあるように、久遠元初の御本仏の悟りである妙法蓮華経を唱えることであり、具体的には本門戒壇の大御本尊を根本とする三大秘法を受持し、題目を唱えて即身成仏を遂げることです。
 大聖人が文永十一年十二月に御図顕された御本尊の讃文には、
 「大覚世尊御入滅後二千二百二十余年を経歴す(中略)我が慈父仏智を以て之を隠し留め、末代の為に之を残したまふ。後五百歳の時、上行菩薩世に出現して始めて之を弘宣す」(日蓮正宗要義一七一)
と、大覚世尊(釈尊)が寿量品の文底に隠し留めた大法は、末法出現の上行菩薩である日蓮大聖人によって、大漫荼羅御本尊として顕されたことが記されています。これは、法華経「如来神力品第二十一」における釈尊から地涌上行菩薩に対しての結要付嘱の筋目を示されたものです。
 しかし『百六箇抄』に、
 「久遠名字已来本因本果の主、本地自受用報身の垂迹上行菩薩の再誕、本門の大師日蓮」(御書一六八五)とあるように、大聖人の上行菩薩の再誕としての振る舞いはあくまで外用であり、内証は久遠元初の御本仏、自受用報身如来の再誕なのです。
 ゆえに御書の随所に久遠元初の仏法について説示され、久遠元初の御本仏と同じ名字即(凡夫)の御姿で、下種の仏として、本未有善の一切衆生に妙法を下種する振る舞いを示されるのです。
 このように、大聖人が末法に建立される仏法は、釈尊の仏法より一重深い、久遠元初の仏法であり、文上脱益の釈尊の仏法を捨て、大聖人の文底本因下種の仏法を受持すべきことが種脱相対の帰結です。


 次回は、「戒」について掲載の予定です

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