大白法 仏教用語解説 戒
仏教用語の解説 (77) 大白法1141 令和07年01月16号
戒
戒の意味
戒とは、サンスクリット語の「尸羅」を翻訳した言葉です。
戒は、仏道修行者が身・口・意の三業(衆生の振る舞いすべて)において、非を防ぎ、悪を止める(防非止悪)ために必ず受持すべきものであり、学ばなければならない三学(戒学・定学・慧学)の一つに数えられます。
戒の働き・特性については、経論により様々に説かれています。
竜樹菩薩の『菩提資糧論』(大正蔵三二ー五二〇)には、「戒に清涼、安穏、安静、浄潔、讃歎などの徳があり、戒を受持することで煩悩の熱を離れて清涼・安穏となり、行者(信仰者のこと)の威儀を飾り、大衆の讃歎を得ることができる(趣意)」と説かれています。
戒の種類
戒の種類には大きく、小乗戒・大乗戒の二つがあります。
小乗戒には、戒の基本である五戒(不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・不妄語戒・不飲酒戒)や、在家の男女が特定の一日のみ持つ八斎戒、出家者が持つ具足戒などがあります。
具足戒は、比丘(男の僧侶)に二百五十戒、比丘尼(女の僧侶)に三百四十八戒(およその数をとって五百戒という)があります。戒を破れば僧団を追放となる重罪(波羅夷)から、自分で懺悔すれば許される軽罪まで、細かく規定されています。
次に大乗戒とは、その代表的なものに三聚浄戒(摂律儀戒・摂善法戒・摂衆生戒)があります。
摂律儀戒とは、一切の戒律を摂する戒で、ここには具足戒も含まれます。しかし伝教大師は、法華経の一乗戒を基本とし、さらに大乗独自の戒である梵網経の十重禁戒(不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・不妄語戒・不●(酉古)酒戒・不説四衆過罪戒・不自讃毀他戒・不慳貪戒・不瞋恚戒・不謗三宝戒)を重視して、具足戒を否定しました。
十重禁戒のうち、殺・盗・邪淫・妄語は、そもそもが悪であり、行ってはならないことが当然です。
その次の●(酉古)酒は破戒を助長する酒を売ること、説四衆過は行者の過ちを吹聴すること、自讃毀他は自らをほめ他を謗ること、慳貪は物惜しみすること、瞋恚は瞋ること、謗三宝は仏法僧の三宝を謗ることです。これらをしてはならないというのが十重禁戒です。
摂善法戒とは、自他のために一切の善法を行い回向すること。
摂衆生戒とは、慈悲喜捨の念をもって衆生を教化し、一切衆生救済のために力を尽くすこと、となります。
このように、小乗戒が行者個人の解脱をめざすのに対し、三聚浄戒に代表される大乗戒では、細かな戒律よりも、一切衆生を成仏に導くという精神的な面が重要とされています。
法華経の一乗戒
釈尊滅後、像法時代の正師である伝教大師は、戒の正意として「法華経の一乗戒」こそ最上の戒であると説きました。
一乗戒の内容には、『法師品第十』の「三如来室衣座の戒」(法華経三三一)、『安楽行品第十四』の「四安楽行の戒」(同三七九)、『普賢菩薩勧発品第二十八』の「四法成就の戒」(同五九七)などがありますが、その中心は『見宝塔品第十一』の、
「此の経は持ち難し 若し暫くも持つ者は 我即ち歓喜す 諸仏も亦然なり 是の如きの人は 諸仏の歎めたもう所なり 是れ則ち勇猛なり 是れ則ち精進なり 是れ戒を持ち 頭陀を行ずる者と名づく 則ち為れ疾く 無上の仏道を得たるなり 能く来世に於て 此の経を読み持たんは 是れ真の仏子 淳善の地に住するなり」(法華経 三五四)
との文にあります。
ここには、法華経を受持することが困難な仏滅後に法華経を受持する者は、諸仏に讃嘆され、持戒の者として成仏を遂げると説かれています。この意義よりすれば、戒の根本は、法華経を受持する一行ということになります。
本門の十重禁戒
大聖人は『本門戒体抄』において、
「迹門の戒は爾前大小の諸戒には勝ると雖も而も本門戒には及ばざるなり」(御書 一四四〇)
と、法華経迹門の戒を含む、あらゆる戒を否定し、本門の十重禁戒を持つべきことを説かれました。
本門の十重禁戒とは、不殺生戒を例に挙げれば、爾前の仏は、二乗・悪人等に成仏を許さず、殺生の罪がある。このため爾前のあらゆる仏法を捨て、法華経寿量品における久遠の不殺生戒を持たなければならない、というものです。
これと同様に、爾前の仏は、不妄語戒など、十重禁戒のすべてを破る罪があり、末法では、それらの仏と教法を捨て、法華経本門の大法を受持すべきであると説かれるのです。
受戒と戒体
古来、仏道修行者は、必ず何らかの戒を持ちます。
受戒によって、受戒者の命には、戒体という防非止悪の徳がある法体が具わるとされ、その性質は小乗戒や大乗戒など、受ける戒によって差があります。
小乗の戒体は今生一生限りで失われることから「尽形寿〈じんぎょうじゅ〉戒」、あるいは一生を終えれば壊れて価値を失ってしまうことから、粗末な器に譬えて「瓦器戒」と言います。
これに対して大乗の戒体は、生まれ変わり形が損なわれても、金銀でできた器のように価値が残ることから金銀戒といわれます。
法華本門の金剛宝器戒
大聖人は『教行証御書』に、
「法華経の本門の肝心妙法蓮華経は、三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為り。此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや。但し此の具足の妙戒は一度持って後、行者破らんとすれども破れず。是を金剛宝器戒とや申しけん」(同一一〇九)
と、本門寿量品の肝心である妙法蓮華経には、三世諸仏のあらゆる修行の功徳、すべての戒の功徳が納められており、妙法蓮華経を受持することこそが末法唯一の戒である。その戒体は、鉱物の中で最も硬い金剛宝でできた金剛宝器戒で、ひとたび戒を受けた者は、戒体をけっして失わず、行者を必ず成仏へと導くと示されているのです。
『教行証御書』に説かれる「法華経の本門の肝心妙法蓮華経」とは、つまるところ本門戒壇の大御本尊であり、本門戒壇の大御本尊を受持することが、末法唯一の戒となります。
私たちが戒を持つということは、本門戒壇の大御本尊を信じ、御本尊の御前で御題目を唱えることであり、本門の本尊・本門の戒壇・本門の題目という三大秘法を受持することに他なりません。
私たちは、金剛宝器戒という最高の戒体を命に宿し、三大秘法を受持する真の仏子であることを自覚して、いよいよ自行化他に精進してまいりましょう。
次回は、「大通覆講・三変土田」について掲載の予定です。
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